技術翻訳は、依頼者と翻訳者の間で求められる要件が多岐にわたる複雑なプロセスです。依頼者は技術的な背景知識と専門用語の正確さを求め、翻訳者はこれに応えるために高度な語学力と技術的な知識を駆使します。
本記事では、技術翻訳の歴史とその重要性、依頼者が技術翻訳に期待すること、技術翻訳者の背景とスキル、専門用語の扱い方、そして依頼者と翻訳者の効果的なコミュニケーションについて詳しく解説します。
杉田玄白らが1771年から1774年にかけて「ターヘル・アナトミア」をオランダ語から日本語に翻訳して以来、科学書や技術書の翻訳は、日本の近代化のために海外の知識を得る重要な作業でした。現在でも多くの人が海外の情報を日本語に訳して利用したいと考えています。
一方で、日本の研究者や企業が開発した技術を海外に紹介することも求められています。その際、自らが外国語に堪能でない場合、翻訳を他者に依頼することが一般的です。この作業は技術翻訳を専門とする翻訳者が引き受けるのですが、内容の専門性が高いほど、実際に翻訳する人は、科学技術全般の知識があっても、その特定の分野のエキスパートでない可能性があります。このズレが翻訳の「期待はずれ」を引き起こす場合があります。
依頼者が技術翻訳に期待することは、主に以下2点となります。
それぞれについて詳しく説明していきます。
翻訳を依頼する人は、何を期待して他者に作業を託すのでしょうか。日本では科学技術の専門家は必ずしも語学に堪能なわけではありません。ここで日本の英語教育を批判するよりも、日本人は語学が苦手であるという事実を受け入れ、海外に技術を発信したい場合、技術翻訳の専門家に依頼します。
依頼者は、翻訳者が専門用語をすべて間違いなく訳すことを期待しないでしょう。ただし、その技術の背景となる学問、例えばライフサイエンスであれば生物学や生化学の基礎は知っているだろうと期待します。そして仕上がった文章が読みやすく、外国語話者が読んですぐに理解できるものであることは、技術翻訳でなくても期待することでしょう。語学ができて、科学の基礎があって、良い文章が書ける人が作業してくれることを期待するのです。
技術翻訳者は、単に語学力が優れているだけでは不十分です。ここでは、技術翻訳者の背景とスキルについて説明します。
技術翻訳者は語学に堪能でも、必ずしも科学技術に詳しいわけではありません。伝統的に翻訳者になる人は文系の人が多いですが、技術翻訳のデマンドが高いのでオン・ザ・ジョブで技術関連を学びます。一応、基礎的な数学、化学、物理、生物などが頭に入っていれば大抵のことは理解できます。数学、化学、物理は時を経てもあまり変わらない学問なので応用できるのですが、生物やライフサイエンスは変化が多く、基本的な説が変わることがあるので勉強は継続しなければなりません。
ITは、100年前には存在しなかった新しい技術なので、これは若い翻訳者が活躍すべき分野でしょう。実務の中でライフサイエンスのバックグラウンドのまったくない人に、医薬品の治験に関する翻訳を依頼することはないと思われますが、世の中は何が起こるか分かりません。大きな翻訳会社で働いていれば、様々なトピックの作業案件がまわってきます。たまたま技術翻訳の専門家が多忙で、専門外の翻訳者がピンチヒッターを引き受けなくてはならないこともあります。
それから翻訳者がネイティブ・スピーカーであっても科学の知識がまったくない人がいます。これが困る例として、実際、ネイティブ・チェッカーにnucleolus(核小体)をミススペル判定されてすべてnucleus(核)に書き換えられてしまったことがあります。私は当時まだ若く、まさか世の中にnucleolusを知らない人がいるとは思いもしませんでした。日本はなんやかんや言っても教育水準が高く、科学教育がごっそり抜け落ちた人に出会うことはほとんどありません。とにかく海外の教育の多様性を思い知りました。
技術翻訳において、専門用語の正確な扱いは非常に重要です。ここでは、専門用語の扱い方について詳しく説明します。
技術翻訳者がどういう作業をするか考えます。まず専門用語を調べることです。私が人に仕事を聞かれて「技術翻訳をしています」と答えると、即座に「専門用語は難しいでしょう」と言われるのですが、辞書とインターネットでたいていのものを調べることができます。インターネットが存在しない時代から翻訳をやっている老筆者は、大きな書店に出向いて技術書を立ち読みしたり、大学の図書館に潜りこんで調べ物をしたりしていたので、その頃から比べると非常に便利になりました。科学の進歩を体感しています。
そして実際に難しいのは用語を調べることではなく、適切な用語を選んで当てはめることです。最も頭を痛めるのはジャーゴンで、これは実際に現場を知らないと分からないことが多いのです。そのジャーゴンを理解しようとかなり時間を割いてリサーチすることもあります。
依頼者は、すべての専門用語が合っていることを期待しないかもしれませんが、翻訳者の方は専門用語を生真面目にリサーチして、妙な用語を当ててしまうことがあります。依頼者の方は、変な訳をつけられるより英語のままにしておいてもらった方が良いのですが、翻訳者の心理としては、英語にしたままだと「手抜きをした」と思われるので、何とか用語を当てはめようとするのです。
ライフサイエンス関係の技術翻訳で、protocolと言う言葉を「実験手順」とするのか「治験実施計画書」とするのかは重要事項です。化学合成の論文で、治験のことまで言及することは少ないのですが「なきにしもあらず」です。普段ライフサイエンスの翻訳をあまりしない人がたまたまその翻訳を担当することになり、このprotocolの訳し方を間違えると大問題になってしまいます。
この場合、依頼者が専門用語集を提供すると作業が潤滑に進みます。理想を言えば、この用語集にはジャーゴンも入れると助かります。化学の場合「protocolは実験手順または実験条件と訳せ」とあれば、科学技術系の文章を調べて真っ先に出てくる「治験実施計画書」を選ばないでしょう。そして「分からなければ原語のままにせよ」と明確に指示をしていただければ、翻訳者も「無理やり翻訳」をしなくて済みます。このコミュニケーションができるのかできないかで、翻訳作業の流れの良さや訳文の仕上がりがかなり異なります。
翻訳の出来は、特に専門性の高い技術翻訳の場合、依頼者と翻訳者の間のコミュニケーションができるかできないかで左右されます。依頼する方は翻訳者に完全な専門性を期待していなくとも、基本的な知識を持っていることを期待し、読みやすい文章を求めます。翻訳する方は、技術翻訳という看板を背負っているのだから辞書やサーチを駆使してすべてを訳そうとします。ここでギャップを埋めるのは専門用語集です。
依頼者は、科学に疎い人が翻訳することになるかもしれないということを頭の隅に入れてジャーゴンまで入れた用語集を作成すると有効です。翻訳者の方は、知らない用語や事柄があれば、素直に「この部分が分かりません」と言った方が身のためです。ここで「こんなことも知らないの!」と言わずに、「ははあ、最近の翻訳者はこういうことが分からないのか」とメモを取っておくと良いでしょう。
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グローバル市場での成功には、単なる翻訳以上にローカリゼーションが重要です。地域に合わせた適切な対応が、商品やサービスの現地化に不可欠であり、現地の文化や習慣を理解することが鍵となります。
環境課題を扱う中で「think globally, act locally」すなわち「地球規模で考え、地域で行動する」と言うフレーズを聞いたことがあるでしょうか。これは、パトリック・ゲデスというスコットランドの社会学者が1915年に構想したと言われ、当初は都市計画のコンセプトとして導入されました。時代を経て、このフレーズは1970年代に環境問題のスローガンとして普及しました。しかしこの考え方は環境だけでなく、人間のあらゆる行動に適用することができます。その一つは企業のグローバルマーケティング戦略です。
企業が自分の国や地域から飛び出て他の場所に消費者を求めたり販路を広げたりすることがグローバルに展開することです。では日本企業が世界に進出することを考えます。まずは商品やサービスに関する資料をその地域の言語に翻訳することが必要です。これは現地の人に説明するために必須の作業ですが、そのまま日本語から現地語に訳したものを商品に貼り付けて使うわけには行きません。企業が外国に行って自分たちの商品やサービスを買ってもらうためにはその地域に合った対応、すなわちローカリゼーションをしなければなりません。
グローバル市場に進出するために、単なる翻訳だけではなく多岐にわたる要素を考慮した総合的なアプローチが求められます。ここでは、ローカリゼーションについて詳しく説明します。
ローカリゼーションとは、直訳すると「局地化」で、説明的に言うと「特定の地域に自分たちの商品やサービスを合わせること」です。わかりやすい例は食品でしょう。食品を海外に売る場合、まずは相手国の法律を守った成分を使用しているか、相手国の食習慣に合っているかなどを考えなければいけません。例えば、イスラム教の国では豚や豚由来の原料を使ってはならないと言われていますが、どれだけ厳格にしなくてはならないかは国によって異なります。
しかし食品の売り方を決めるのは誰でしょうか。これは現地の人がするべきことです。なぜならば現地の消費者の消費行動や消費習慣を知っているのは現地の人だからです。ローカリゼーションは食品成分表などの訳だけでなく、商品の紹介も地域に適したものにしなくてはなりません。
商品のローカリゼーションにあたって最も悩むのは商品名でしょう。商品名はまさにブランドの名前ですからすぐに覚えてもらう名前は重要です。これは食品の場合は特に重要です。例えばカルピスを海外に持って行った時、英語ではその言葉の発音が「牛のおしっこ」に聞こえてしまうのでカルピコと言う名称にしたのは有名な話です。逆にガソリン会社のExxonが日本に入ってきた時にエクソンという語感がよくないのでエッソにしたと言います。英語や日本語の翻訳者とコピーライーターがどんなに知恵を絞ったか想像できます。
次に日本の商品を世界に紹介する際に考慮すべき点について説明します。
ここでは日本の商品を世界に紹介することについて説明します。日本の代表的な食べ物、カップ麺を例に取ります。カップ麺はいわゆる「日本食」ではなく、まさにグローバル食なのでラベルを翻訳して出荷すれば良いのではと思われますが、それでも海外に展開する場合はローカリゼーションが必要です。もちろん使われている食材が現地の法律や基準を満たすものであることは言うまでもありませんが、現地でどういう捉えられかたをして、どういう風に消費されるかを理解するのが重要なのです。
カップ麺の例では、アメリカではあくまでも実用品であり災害時に食べるようなものとして捉えられ、南米では気軽に楽しく食べられるスナックフード、そしてヨーロッパでは日本の味をいかに即席に封じ込めたのかを楽しむのがポイントのようです。こういう違いはやはり現地のマーケティング会社でないと見極めが難しいと思います。
日本のアニメは、国内外で高い評価を得ており、その影響力は世界中に広がっています。ここでは、日本のアニメを世界に紹介する際に考慮すべき点について詳しく説明します。
日本のメジャーな輸出品のひとつと言えばアニメとマンガですが、ローカリゼーション作業と言えばマンガ、アニメ、ゲームを翻訳することと考えている人も多いので、ここで簡単に説明します。海外に日本のアニメ作品を紹介する場合、日本独特の慣習や考えが伝わるようにするのか、その必要がないのかを決定する作業が重要なのです。これは作品の普遍性と言う要素が大きく関係します。
私は日本で生まれて育ったので、当然のことのように家にはマンガ本がありテレビでアニメを見ていました。そして小学生、高校生、大人になってもマンガやアニメがありました。世界中でこれほどマンガやアニメがある国は珍しいそうです。ほとんどの国ではマンガやアニメは子供のものであり、大人が見るものではないと考えられています。日本のアニメは読者の幅が非常に広く、テーマも多種多様なので、何を海外に送り出すのかの選択も必要です。送り出す人と受け入れる人の意見が必ずしも一致しない部分かもしれません。これもやはり消費者をよく知っている現地の出版社に依存した方がいいかもしれません。
宮崎駿氏の作品のように世界で受け入れられた作品があります。もちろんこれはローカリゼーションの課題と言うより作品の秀逸性があります。宮崎アニメの多くのテーマは子どもがある問題に遭遇し、感じる不安や恐怖によってその子にしか見えない世界が広がり、その子の創意工夫によって問題が解決に向かうと言う普遍的なストーリーが多くの人の共感を呼んだと考えられています。すべてのアニメ作品がこのような特質を持っているわけではないと言うことは知っておいた方が良いでしょう。
企業が国を越えて成長するためには、文化的な違いを理解しつつも、共通の価値を見出すことが重要です。次の見出しで詳しく説明します。
「文化の違い」という言葉がよく使われますが、ローカリゼーション作業の中で、これは相手の国の文化に合わないからやめようとか、これなら受け入れてもらえるのではないかと考えることがあります。ざっとグローバル展開とローカル展開について語ってきました。おさらいすると、グローバルは広く遠くへ展開することです。そしてローカリゼーションはある場所に根付いて展開することです。企業が自分の国から出て大きくなろうと考えた場合に必要な作業です。
文化の違い、言葉の違いと言うことは重要ですが、グローバル展開をしたくてローカリゼーションを考える場合、「共通なもの」と言う考え方をした方が良いのではないでしょうか。たしかに私たちは様々な言語を話し、様々な文化習慣を持っています。しかし基本は人間なので泣いたり笑ったり、食べたり飲んだり、やることは同じです。この共通点を見つけて育むのがグローバリゼーションだと思います。そしてローカリゼーションはその道の専門家である現地の翻訳者に任せるのが良い方法でしょう。
グローバル市場における成功には、ローカリゼーションを意識した翻訳が欠かせません。翻訳会社FUKUDAIでは、長年にわたる経験を活かし、マニュアル、UI、Webサイトなどのローカライズ翻訳を多数手掛けてきました。地域ごとの文化や言語に最適な翻訳を提供し、企業の海外展開をサポートいたします。
翻訳会社FUKUDAIの翻訳実績・納入先
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